1999.06.30
 クマ対策フードロッカー


                                斜里町自然保護係
                                係長・研究員 山中正実


  ※以下の記事は山中正実氏の許可を得て、JBN(日本クマネットワーク)メーリングリストから転載しました。


 『クマ対策フードロッカー』

 知床連山縦走登山道では、本日(平成11年6月30日)、我が国2番目のクマ対策フードロッカー設置作業が行われます。

 第1号は、同じく知床連山縦走登山道の三つ峰野営地に、昨年設置されたフードロッカーでした。本日の設置場所は、二つ池野営地です。斜里町が設計して環境庁が作成したロッカーを北海道(根室支庁)の協力でヘリコプター輸送し、現地では環境庁・斜里羅臼両町、山岳会のスタッフが協力して組み立て設置作業を行います。

 

 日本の登山では、テント内に食糧やゴミを保管したり、テント内で調理や食事をすることは、当たり前の常識ですが、北米ではクマの生息地でこの様なことをするのは「大ばか者の自殺行為」といわれても仕方のない「非常識」です。 日本の非常識がまかり通っていたのは、国立公園など自然保護地域の核心部に位置する山の稜線部の登山道周辺でも関係なく、クマが目撃されれば無差別に撃ち殺していたからです。「人がいればクマは寄ってはこないよ」、「テントに近付いてくるクマなどいない」いった登山の常識は、国際的にも希な自然保護地域における殺りくに支えられていました。しかし、地域による差はあれ、この20年ほどの間にそのようなことは行われなくなりつつあります。これまでいじめ抜かれていたクマたちの世代はこの20年ほどで完全に世代交代し、人間をそれほど危険な存在と認識しない世代のクマたちが増えていると、私は考えています。そのような地域は、知床ばかりではなく北アルプスや大雪山など各地に広がっているのではないでしょうか?クマたちが急激に変化しつつある一方で、人間側は古い常識のままで行動しています。新世代のクマたちは人がいようがいまいが、我が道を行きます。そこにテントがあろうが人がいようが関係なく行動します。一般に「人慣れ」は危険なことを一面的に決めつけられますが、そのような人を無視した中立的行動はそれ自体危険ではなく、人間側が適切な行動をとることさえできれば、互いの平和的共存が可能です。それを証明しているのがマクニール川野生動物保護区やカトマイ国立公園、知床のルシャ地域です。

 

 しかし、人間側が不適切な行動をとっている場合には、危険への第一歩になり得えます。例えば、たまたま進行方向にテントがあっても、新世代のクマは別に避けるでもなく、そぐそばをのこのこと歩いていきます。そこにゴミや食糧が放置されていたり、テントの中からいい匂いが漂っていたりする状況があると、当然、それを食べてしまったり、興味を持ってテントに寄ってくるでしょう。味をしめたクマは、人為的食物を介した極めて危険な「人慣れ」に急変します。その変わりぶりは劇的であり、最終的に彼らは人家やテントに押し入ることさえいとわなくなります。また、テントに寄ってきたとき、たまたま人間に鉢合わせすれば、驚き興奮した両者の間で悲劇的な結末がいつでも起こり得ます。そのような状況の事故の典型的な例が、3年ほど前に起こった大雪山でのヒグマのテント襲撃事件です。カルガリー大学ヘレロ教授の著書「ベアーアタックス」の中でも同様の事例が数多く語られています。現状のままでは、悲惨な事件が近いうちに必ず起こると私は断言できます。クマ爆弾は各地ですでに点火されているのです。その導火線が最も短くなっているのは、上高地から北アルプスにかけての地域ではないかと考えています。爆弾が爆発してからでは遅すぎます。わかり切っている事態に対して、見て見ぬ振りをすることはできません。

 

 かといって、かつてのような保護区の核心部での闇雲な駆除が許される社会情勢でもないし、やるべきことでもありません。クマに遭遇しないための、あるいは、遭遇してしまったときの対応策を十分に身につけ、さらに、食糧やゴミの対策ができれば、それほど怖がることはないのです。しかし、これまで稜線部の登山道では食糧・ゴミ対策のとりようがありませんでした。高木がない高山帯では食糧などを木に吊すこともできなかったのです。

  知床では、北米の国立公園のキャンプ場には常識的に設置されている金属製のフードロッカーを整備することが、昨年から始まりました。その事業の2年目にあたる今年の設置場所が、冒頭に述べた二つ池野営地なのです。環境庁に必要性や危機感を5年間も訴え続けてやっと実現しました。その間事故がなかったのは幸運でした。しかし、これは幸運に過ぎないのです。いつ発射されるかわからないラッシャンルーレットを続けているようなものです。大雪山や本州のクマが生息する国立公園あるいはその他のキャンプ場でも、早急に対策しなければ、近いうちに誰かの頭蓋を弾丸が貫くことは明白です。それは明日かもしれないし、1年後かもしれません。悲劇の日は着実に近付いています。

 

 JBN会員の皆さん、各自のお近くの国立公園やその他のクマの生息地で、必要性を訴えて下さい。事故が起こることによる過剰な恐怖心の増大が、共存を考える上での最大の障害です。また、知床連山を登山される際には、フードロッカーを必ず使用して下さい。使用方法は、登山口と現地に表示してあります。

 

参考:

残念ながら知床以外の国内の登山道には、クマ対策設備は皆無です。自分で対策を行うしかありません。アラスカ州のデナリ国立公園でバックパッカーに携帯を義務づけられている「携帯用クマ対策食糧コンテナー:Bear resistant container」が有効です。これは円筒形の強化プラスチック製で、食糧・ゴミを入れてテントから離れたところにおいておきます。クマには破壊されないことが実証済みです。国内ではクマスプレーの輸入元アウトバックで注文できますし、REIの通信販売で購入できます(今年のREIの夏版カタログにも載っている)。





【問い合わせ先】
斜里町自然保護係
係長・研究員 山中正実
〒099-4192 斜里郡斜里町本町12 斜里町環境保全課
TEL: 01522-3-3131(内線124) FAX: 01522-2-2040



●クマ対策フードロッカーの利用状況について山中氏にお聞きしました。

昨年設置されたクマ対策フードロッカーは、とてもよく利用されているそうです。ただし、シーズン中は登山者が多くて、クマ対策フードロッカーを利用できない人も出るそうです。また、クマ対策フードロッカーに食料を入れた登山者のテントの隣で、夜に到着した別のグループが焼く肉パーテーをしたり・・・といったトラブルもあるそうです。


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