平成13年5月9日に京都市右京区嵯峨亀ノ尾町付近に出没・駆除された

ツキノワグマに対する京都府の対応についての意見書

 

 日本クマネットワーク(以下、JBN)は、人とクマとの共生を考えることを最大目標とし、そのために必要な様々な活動、調査・検討および情報交換を行うことを目的に設立された非営利・非政府組織です。本会は会員145名(平成13年6月19日現在)からなり、本会を構成する会員はクマ類をはじめとした野生動物の研究者、行政および野生動物に関わる民間の実務家、ハンター、市民、学生などからなります。

 平成13年5月9日、京都市右京区嵯峨亀ノ尾町の嵐山公園付近でおきたツキノワグマの駆除の報に接し、JBNではその経緯について情報の収集と分析につとめてまいりました。西日本におけるツキノワグマの生息状況が地域的な絶滅が危惧される状態となっていることは環境省によるレッドデータブックの記載などからも明らかです。京都府においてもツキノワグマの生息動向については常に監視の目が必要であり、有害駆除の実施にあたっては過剰な駆除による個体群の衰退を防ぐための適正な運用が求められるところであります。その状況を顧みるに、5月9日に行われた駆除のあり方は適切なものとは言い難く、JBNより京都府に対して以下にあげられた問題点の改善と今後の保護管理体制の充実を求めるものであります。

 

(1)事実経過

・平成13年5月9日、京都市右京区嵯峨小倉山田淵山町の竹林内においてタケノコを採食・休息後に動き出したツキノワグマを京都市の依頼により出動した駆除班(猟友会員)が射殺した。この行為は京都市を通して出された有害鳥獣駆除申請により京都府が発行した有害鳥獣駆除許可に基づいて行われた。

・当地域近郊では2日前からツキノワグマの目撃があり、京都府、京都市、京都府警は京都市右京区北西部におけるツキノワグマの出没を認識していた。

・5月9日は、ツキノワグマは午前11時ごろに嵐山公園付近で最初に確認された。これに対して京都府は麻酔銃の使用を検討したが、結果的に麻酔銃は使われることなくツキノワグマは午後3時前に射殺された。

・射殺されたツキノワグマの死体について、京都府は「焼却処分した」と表明した。

 

(2)本件に関連した事実関係

・本件の発生に先立ち、平成12年夏の数ヶ月にわたって当該地域の西ないし南西に連なる北摂・六甲山系にかけての広い地域でツキノワグマの出没が認められた。このツキノワグマの出没に対して、大阪府は捕獲を試みて失敗し、兵庫県では一旦は捕獲を試みたものの被害のない状況での捕獲は行わない方針に転じた。その後、この個体は京都府園部市、亀岡市、大阪府高槻市で出没した後、京都市右京区北西部にて姿を消したが、この個体が再度出現する可能性、同様の習性をもった個体が出現する可能性は予見できた。

・隣接する兵庫県ではツキノワグマの狩猟は禁止されているが京都府ではツキノワグマは狩猟獣である。しかし、京都府でも大日本猟友会はツキノワグマの狩猟を自粛する方針を表明している。

・京都府林業統計によるとによると、京都府では平成9年度に狩猟により12頭、有害鳥獣駆除で8頭、平成10年度には狩猟により8頭、有害鳥獣駆除で50頭、平成11年度には狩猟により8頭、有害鳥獣駆除で26頭のツキノワグマが捕殺されている。

・(財)自然環境研究センターが発行した平成10年度クマ類の生息実態等緊急調査報告書(環境庁調査)によれば、京都府のツキノワグマは「近畿北部地域のツキノワグマ個体群」に属する。同個体群は危急地域個体群とされ、「1.分布面積も狭く、分断された地域もあることから、兵庫県については狩猟禁止が適当である。2.福井・京都両府県については分布面積が広いため狩猟と有害駆除をあわせた年間捕獲数上限を50頭程度とすることが望ましい。」とされる。

 

(3)本件に関する問題点

 京都府はツキノワグマの保護管理について個体群の維持を念頭においた適切な方針を示さねばならない。その一方で、ツキノワグマが市民の生命・財産を侵害するおそれがある場合は市民を守る立場にあり、ツキノワグマの出没に対して安全を第一にした指導と対策を行う立場にある。

 本件における京都府の対応は市民の安全を重視した点では大きな過失は認められない。しかし、ツキノワグマ個体群の安定的維持という見方からは、被害発生の可能性に関する慎重な検討がなかったという点で、ツキノワグマが恒常的に生息する農山村における出没に対する指導方針との整合性に欠けており、不適切であったと言わざるを得ない。また、保護管理体制を充実させるべき立場にあり、本件にみられるような人間と野生動物との間のトラブルに対処しうる体制整備を進める必要性を各方面から指摘されながらこれを進めてこなかったことは非難を免れない。

 本件における京都府の対応に関して具体的には以下の問題点が指摘される。

・京都府にツキノワグマの出没に対しての明確な対応基準がなく、府の内部に専門家がいない(または専門家が介在するシステムができていない)ために危険度の判定、捕獲方法(麻酔銃の運用・捕獲檻の導入)の選択、駆除の判断等さまざまな局面における判断があいまいであった。

・市街地周辺へのツキノワグマの出没や誤捕獲の問題など本件と類似の問題が、これまでにも府内および隣接府県であったにもかかわらず、それへの対処を改善すべき課題として取り上げる積極的な姿勢が欠けていた。

・保護管理に役立てるべき資料としての死亡個体の取り扱いについて適切な方針を示せなかった。

 

(4)今後の保護管理体制整備において早急に改善すべき課題

・ 奥山放獣(移動放獣)の体制など、ツキノワグマの保護管理に関わる体制の整備に京都府が主体となって取り組むべきである。特にツキノワグマの出没への対応では、奥山放獣(移動放獣)・被害地からの追い払いなどでは関係各機関の連携のもとにスムーズな作業が求められるのでマニュアルを作成するのが望ましい。

・ツキノワグマによる農林業被害対策、有害駆除の実施体制、死亡個体からの試料採取など、保護管理に関わる作業を円滑に進めるための体制の整備とマニュアルの作成も念頭におくべきである。

・ 京都府は関係機関との協力のもとにツキノワグマの出没・被害に対応できる職員を育成し、同時に外部の専門家との連携を強めることにより危機管理および保護管理体制の充実を図るべきである。

・クマの保護管理は住民の理解のもとに進められるべきである。その観点から京都府はクマとその保護管理および被害防除の方策について、住民に対する普及教育にも力を入れ、理解と協力を求められるよう努めるべきである。

 

(5)JBNとの協力関係に関する提案

 JBNは、人とクマとの共生およびその保護管理に関わる専門知識をネットワークという形で共有している。今後、京都府がこの意見書の内容を取り入れ、積極的に保護管理体制の推進に努めるならばJBNはネットワーク機能を生かして京都府の体制整備を支援することができる。

                             以上

 

平成13年6月20日

京都府知事 荒巻 禎一 殿

 

     日本クマネットワーク(JBN)
     代表 青井 俊樹(岩手大学農学部教授)

     〒020-0401
     岩手県盛岡市手代森16-27-1
     有限会社アウトバック内

 

     日本クマネットワーク事務局(事務局長 藤村正樹)



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