生物多様性国家戦略


 皆さんは「生物多様性国家戦略」というものを知っていますか? 近年人間活動による生物の生息地の破壊や乱獲などのために、危機的状況にある地球上の生態系バランスを保全するためには、地球的規模の生物多様性の保全とその持続可能な利用について、世界全体で取り組む事が緊急の課題です。そこで、地球サミット直前の1992年5月に採択され、平成5(1993)年12月に、「生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)」が国際条約として発効され(1998年6月現在、172カ国が加盟)、日本も加盟国の一員となりました。同条約は、各加盟国は「生物多様性国家戦略」を作り、それに沿って実施することを義務づけています。そこで、日本では行政主導(※)で「生物多様性国家戦略(原案)」を平成7年7月までに作りました。
 そして、生物多様性条約関係省庁連絡会議は「生物多様性国家戦略(原案)」に対する意見書を、 平成7年8月に国民から募集しました。以下は私が環境庁(現環境省)に提出した意見書の全文です。
 その後、「生物多様性国家戦略」は平成7年11月に決定されました。平成10年には日本の自然環境と生物多様性の現状を調査し、その成果をデータベースとして蓄積して、広く情報発信していくことなどを目的とした「生物多様性センター」が、環境庁自然保護局の1機関として設立されました。さらに、日本の生物多様性や自然環境に関するさまざまな情報を収集し、広く提供するためのシステム・「生物多様性情報システム」(J-IBIS:Japan Integrated Biodiversity Information System)も構築され、環境庁生物多様性センターがその管理・運営を行っています。

※生物多様性条約関係省庁連絡会議 (事務局環境庁自然保護局計画課)

●関連サイト(リンクはしていません)
生物多様性国家戦略(全文が読めます)
http://www.erc.pref.fukui.jp/info/tayo.html
生物多様性国家戦略の点検結果(平成9年5月22日)
http://www.eic.or.jp/kisha/199705/10911.html
環境省生物多様性センター
http://www.biodic.go.jp/
生物多様性情報システム
http://www.biodic.go.jp/J-IBIS.html


新・生物多様性国家戦略の意見を募集中 (2002年1月31日)

 環境省では1月28日より、生物多様性国家戦略(案)についてのパブリックコメント(意見)を広く一般から募集しています。生物多様性国家戦略とは平成5年(1993年)に発行された国際条約「生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)」によって、各加盟国は「生物多様性国家戦略」を作り、それに沿って実施することを義務づけられています。日本では行政主導で「生物多様性国家戦略(原案)」が平成7年7月までに策定され、8月にパブリックコメントを募集したのち、平成7年11月に正式に決定されました。そして現在、その見直し作業が行われています。生物多様性国家戦略(案)と意見募集の詳細については環境省のサイトもしくはパブリックコメント募集のサイトをご覧下さい。


生物多様性国家戦略(原案)に対する意見書


環境庁自然保護局

自然環境調査室    御中

 

生物多様性国家戦略(原案)に対する意見書

 

平成7年8月25日

 

意見書提出 日本ツキノワグマ集会実行委員会 事務局 藤村 正樹

 

この度は、生物多様性国家戦略の原案の作成にご尽力され、ご苦労様です。

 早速ですが、生物多様性国家戦略(原案)に対する意見を述べさせていただきます。生物多様性国家戦略を、今年11月6日からの第2回締約国会議において提出するそうですが、時期早々だと思います。国家戦略策定のマニュアルでさえ、最近出版されたばかりです。生物多様性条約国家戦略は、国内の環境保全のマスタープランのようなものであり、多くのNGOや法律の専門家、野生動物の研究者を交え、もっと時間をかけ、十分な検討をして作り上げるべきものです。どの国も策定に当たっては、NGOを交えて意見交換をした上で、作り上げているそうではありませんか。

 残念ながら、公表された生物多様性国家戦略(原案)は、かなり抽象的な内容が多くあり、検討不十分と判断せざるおえません。間に合わせ的なものを第2回締約国会議において提出して、日本政府の環境行政に対して、国際的な不信を招くよりも、今回は大局的な見地から、勇気をもって先送りするべきです。そのかわり、他の条約締約国の手本になるような生物多様性国家戦略を、環境庁が主導となって作成し、第3回締約国会議に胸を張って提出しようではありませんか。もちろん、沢山の環境NGOを新たに原案作成のメンバーに加え、国民の誰もが納得するものでなくてはなりません。開発優先型思考の省庁の官僚や、一部の民間企業だけが納得する内容では困ります。

 「1. 調査研究の推進および情報の整備」とありますが、文部省と協力して、全国の国立大学に「生物多様性」についての講座と、研究施設を新たに作ることを提言します。目的は人材の育成と、地域に密着した「生物多様性国家戦略」や「種の保存」、「持続可能な開発」、「野生動物の保護管理」などの研究拠点を作ること。そして、そのための地域活動を支援することです。この施設と教育環境は、地域のNGOや行政などにも解放します。また、県や市区町村役場内に、生物多様性国家戦略を担当する係を新たに設置することを提言します。そして、県や市区町村役場の担当職員の研修と、トレーニングの施設としても利用します。また、ここでは大学の研究者や一般学生、行政担当者、NGO、そのほかの一般の国民が、一緒に研究や、研修、ディスカッションができるシステムにします。

 私達の祖国日本は、東西に細長い島国であり、亜寒帯から亜熱帯までの、とても多様性に富んだ自然環境を有します。その中には、多種多様な生物が、約1億2千5百万人の日本国民とともに暮らしています。ですから、地域の自然環境や生態系の特性に即した、きめ細かな生物多様性国家戦略が必要になります。「4. 地域レベルの取組の推進」とありますが、原案の内容は抽象的で、具体的ではありません。次のような、生物多様性国家戦略ネットワーク作りの具体案を提言します。

 きめ細かな生物多様性国家戦略を実現するためには、各地域ごとに活動(研究)拠点と、地域データ集積施設が必要になります。仮にこれを生物多様性戦略サテライト(BPS: Biodiversity Planning Satellite)とします。さらにBPSは、県庁や市区町村役場、地域のNGOや、その地域にある県立博物館、自然博物館、ネイチャーセンター、森林総合研究所などの、国や県の研究施設や、公共および民間の動物園や水族館、昆虫館、植物園などの生物展示施設、国立大学、私立大学、小学校、中学校、高等学校等の教育施設と、パソコンによる情報ハイウエー(情報ネットワーク)で結ばれます。これらを生物多様性戦略地域サテライト(BPAS: Biodiversity Planning Area Satellite)とします。BPASに置かれたパソコン(端末)は、地域の住民にも解放します。これにより、地域ごとの細かな情報が、リアルタイムにBPSに収集することが可能になります。また、各地域のBPSに集められた情報は、生物多様性国家戦略を統括する、生物多様性国家戦略中央研究所(NBPCL:National Biodiversity Planning Center Laboratory)の大型汎用コンピュータにデータベース化します。また、NBPCLに集められた膨大なデータベースを、誰もがBPASの端末から、自由に利用できます。

 NBPCLは生物多様性国家戦略を統括するだけでなく、生物多様性国家戦略を押し進めるために、各省庁やNGO、国際機関とも調整を図る役割をもちます。そのためにも、環境庁を環境省に格上げすることを、合わせて提言します。即ち、生物多様性国家戦略中央研究所は環境省に直属することとします。生物多様性や持続可能な利用に関する全ての情報を、データベースとして蓄積する、NBPCLと各地域のBPS、そしてそれぞれのBPSどうしは互いに情報ハイウエー (情報ネットワーク)で結ばれています。当然NBPCLはインターネット等の国際的な情報ネットワークと接続され、NBPCL、BPS、BPAS経由で国民の誰もが、世界中の「生物多様性」や「持続可能な利用」、「種の保存」等に関する情報にも、ダイレクトに接することが可能になります。それによって、日本の生物多様性国家戦略は、国際的な生物多様性国家戦略と連動して、国や地方行政、民間企業、国民各層が一丸となって取り組むことが可能になります。

 これらの施設と情報環境の整備、そして最も大切な人材育成は、生物多様性国家戦略に必要不可欠です。これを実現するためには、国、地方公共団体、各省庁、民間資本(事業者)、NGO、国民一人一人の連携と協力が必要です。

 「2. 各種保護地域の指定・管理や野性動植物の保護等の生物多様性保全対策の強化」はとても大切なことです。しかし、そのためには障害となる法令や、実情に沿わない法令を改正することが必要です。例えば、野生動物は国民の共有財産であると認め、明文化します。野生動物は無主物であるが故に、野生動物の保護や、保護管理を十分に行えないのが実情です。たとえば、無主物の熊に農作物を荒されたり、養蜂箱を壊されたり、人身被害を受けても、どこからも保障も受けられずに、被害者の多くは悔しさをこらえ、泣き寝入りをしています。熊の被害を受けている農家の方にお会いすると、「熊などいなくていい。みんな殺してしまえ。」とよく言われます。ところが、その人とじっくり話しをしてみると、最後にこんな言葉を聞くことがよくあります。「俺は熊が憎いのではない。熊も山の木が切られて、餌がないから里に下りてくるのだ。被害さえ出さなければ、熊もいてもいい。」

 現在、この様な農業被害や人身被害が発生した場合の多くは、有害鳥獣駆除によってツキノワグマは射殺処分されています。レッドデータブックに記載されている、絶滅が危惧されているツキノワグマの地域個体群とて例外ではありません。被害者の涙も、大地に流される熊の鮮血も、行政の怠慢によるものと言及しても、過ちではないでしょう。

 被害者の怒りを単にそらすために、これまで行政は、安易に有害駆除に頼り過ぎてきたのではないでしょうか。有害駆除だけで、熊による被害が防除できるのであれば、毎年平均1、600頭以上の熊が、有害駆除で射殺されているのはなぜでしょうか。ここ数年、各地で有害駆除以外の防除策が実施され始めましたが、全体からみれば極わずかに過ぎません。また、それさえも、国は一部の地域を除き、財政の厳しい地方行政にまかせっぱなしです。

 3、385ある市区町村の中で、現在はわずか3ないし4市町村だけですが、熊被害防除電気柵の購入に対して、住民に助成を行っています。また、アメリカでは、少なくとも2つの環境NGOが、政府に代わって被害農家に保障金を支出しています。GNP第2位の国の政府にも、熱意さえあれば、財政に乏しい市町村や民間のNGOと同じことぐらいはできるはずです。

 そのためにも、国民投票などで国民の同意を得て、現在法的には無主物である野生動物を、国民の共有財産であると明文化させることが先決です。これにより、野生動物による被害の保障、被害者の救済を、国が行うことができるはずです。また、有害駆除に片寄らない野生動物の保護管理が、実践しやすくなります。また、国民投票を行うことによって、国民の生物多様性国家戦略についての関心が、一層深まることでしょう。ぜひこれらのことを、生物多様性国家戦略(原案)に盛り込んでいただきたい。

 それから、保護地域を指定するだけでは、野生動物の保護管理はできません。岩手県は五葉山にシカの保護区を設け、冬期に餌を与えるなどして、北限のホンシュウジカをかつて手厚く保護してきました。しかし、保護するだけで、シカの管理や科学的な生息数調査、生息数による環境への影響調査などを怠ってきました。現在シカが増え過ぎ、林業や農業に大きな被害を与え、五葉山の自然環境にダメージを与え続けています。そして、過去の保護政策の過ちにより、毎年多額の予算をつぎ込んでいます。同じ伝を踏まぬためには、日本も欧米なみに、専門のレンジャーをたくさん養成しなければなりません。そのための人材育成が急務です。また、保護管理の一つのオプションである有害駆除も、レンジャーが行うか、レンジャーの指導の元に、地元のハンターが行うようにするべきです。あるいは、ハンターをレンジャーとして、養成する方法もあります。このことも、生物多様性国家戦略(原案)に盛り込んでいただきたい。

 また、長良川河口堰建設にともなう建設省が行った環境影響評価と、民間のNGOが独自に行った調査とに、かなり隔たりがあったように、開発を行う側が行う環境影響評価には問題が多く見られます。正しい「持続可能な利用」を行い、「生物多様性」に悪影響を与えないためにも、公正な第三者的監視機関の設置を、生物多様性国家戦略(原案)盛り込んでいただきたい。そして、環境アセスメント法の制定も、合わせて盛り込んでいただきたい。

 生物多様性国家戦略を効率良く成功させるためには、現行法の改正や現行の行政システムの変更、人材の育成、情報ハイウエイ(情報ネットワーク)の整備が絶対必要です。その最も大切なことが、今回の生物多様性国家戦略(原案)には抽象的な表現のみで、はっきりと具体的に、誰が見ても解るように明確には明文化されていません。ですから、もっと時間をかけて、NGOや法律の専門家、野生動物の研究者、第一線で野生動物の保護管理に活躍している人達、情報通信の専門家、あるいは、海外の大学や研究機関等で「生物多様性」や「持続可能な生物資源の利用」、「野生動物の保護管理」、「国立公園管理学」などを学んできた人達を交え、十分な検討をしたうえで、百年先まで通用するような生物多様性国家戦略を、ぜひ環境庁で策定してください。

以上

 

●この意見書に関するお問い合わせ先:

日本ツキノワグマ集会実行委員会(※) 事務局 藤村 正樹

〒020-0401  岩手県盛岡市手代森16-27-1 アウトバック気付
電話019-696-4647 fax:019-696-4678


※日本ツキノワグマ集会は、第4回目の盛岡大会から名称を「クマを語る集い」に改めました。
 尚、「第7回クマを語る集いIN下北」が平成11年9月11日、12日に青森県むつ市で開催されます。


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