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ヒグマとの遭遇時の対応に関するマニュアル(平成12年改訂版)

 

                           斜里町知床自然センター管理事務所


 ヒグマとの各種遭遇状況における対応の方法について以下に記す。これらは山中のこれまで20年間の経験、および、カナダ アルバータ大学スティーブン・ヘレロ教授が30年間にわたって北米での事故例を分析した結果をまとめた著書「
ベアーアタックス」、カナダ・ブリティッシュコロンビア州政府作成のクマ安全対策ビデオの内容に基づいたもの。

 尚、本マニュアルは、ここにまだ整理されていない遭遇状況に関する記述や、今後得られる新たな知見について、更に改良を加えて行く途上にあるものである。

               99/4/2 文責: 斜里町自然保護係 係長・研究員 山中正実

※この文章は 山中正実氏の許可をいただいて掲載しています。


 ヒグマとの遭遇時の
 対応に関するマニュアル
                          斜里町知床自然センター管理事務所

 

 ヒグマとの各種遭遇状況における対応の方法について以下に記す。しかし、これはあくまでクマに出会ってしまってからの対応手法である。一旦遭遇してしまえば、その時々のさまざまな状況や突発的な不可抗力によって、予想外のことがおこりうる。本マニュアルは想定されるさまざまな状況下において、事故を回避できる可能性のより高い手法を述べたものである。このマニュアルどおりに行動すれば完全に安全が保証されるという性質のものではない。

最優先すべきは、クマに遭遇することを避けること、クマを誘引してしまわないことである。知床国立公園は世界的にも最も高密度にクマが生息する地域の一つであるが、そのような環境にあってさえ、クマを回避するさまざまな対応をとれば、ほとんど完全に出会わずに行動することが可能である。出会わないための注意を怠らないことが何よりも重要である。それを忘れてはならない。遭遇してもこのマニュアルに示された行動をすれば大丈夫と考えて、不注意な行動をとることがあってはならない。

遭遇や誘引を回避するためのマニュアルは、別途準備中である。本マニュアルの中には記されていないので、注意のこと。

以下は山中のこれまで20年間にわたる経験、および、カナダ アルバータ大学スティーブン・ヘレロ教授が30年間にわたって北米でのクマによる事故例を分析した結果をまとめた良書「ベアーアタックス」、カナダ ブリティッシュコロンビア州政府作成のクマ安全対策ビデオの内容に基づいたもの。

尚、本マニュアルは、ここにまだ整理されていない遭遇状況に関する記述や、今後得られる新たな知見について、更に改良を加えて行く途上にあるものである。

 

2000.6.27改訂  文責: 斜里町自然保護係 係長・研究員 山中正実

 

[状況その1]距離が離れていた場合。

 

1)100〜数百m離れて相手が気付いていない。

*気付かれないように、静かにその場を立ち去る。

 

2)100〜数百m離れているが、気付いていてこっちに注目している。あるいは気付いていても無視している場合。

*静かにその場を立ち去る。走るな!。常にクマの動きを監視しながら。新たな動きがあればすぐに次の対応に移れるように!

(注:ベアーアタックス(カルガリー大学ヘレロ教授著)に記述されている稀な例のような、数百メートルの距離から突進してきた例は経験もないし聞いたこともない。日米のヒグマの攻撃性の違いか??)

 

3)100〜数百m離れているが気付いており、こちらにゆっくりと近づいてくる場合

*人と認識せずに接近してきている可能性あり。石や倒木の上など目立つところに上がって、大きく腕をふりながら、穏やかに声をかけ、人がいることを教えてやる。ほとんどの場合、気付くとあわてて逃げて行く、あるいはゆっくりとコースを変えて立ち去っていく。

(注:自分の経験では、このようなときに更に近づいてきたことはない・・・)

 

したがって、以下は稀な例。

 

*上記の行動をとっても接近をやめない時。

(注:以下は、自分の経験ではこれまでにない。日本では希な例といえる。ベアーアタックスやカナダ・ブリティッシュコロンビア州政府作成の安全対策ビデオから判断して、もし自分ならこのようにすると決めている内容である)

 

*興味本位(特に若い個体)や、極めて稀ながら、もしかしたら捕食行動で接近してきている可能性も考えるべき。車内や屋内に待避。あるいは、高く登れる木やクマが登りづらそうで自分が登はん可能な崖などないか、周囲を探しながらゆっくり待避。

(注:しかし、北海道のヒグマは少なくとも大型の♂以外は木登りが得意である。どうしようもないとき相手より高い位置に立つことの利点はあるが・・・・)

 

*ここでも走ってはならない。単なる興味本位の場合、興奮させて激しい追跡行動など誘発しては困る

(注:犬と同じく、走り逃げるものを本能的に追う場合があるので)

 

*ここで、持ち物を投げ捨ててクマがそれに興味を持っていじっている間に距離を稼ぐ、あるいは逃げるということを推奨している例も多い(北米の国立公園パンフなど)。確かにリーズナブルであるが、これには以下の問題もあることを認識しておくべき。

その1は、特に食料の入ったザックなどを捨てた場合、これに味をしめたクマは人間を脅しつけると餌が入手できるといことを学習し、危険な行動をエスカレートさせる可能性がある。その時の自分は助かっても、後からその場所に来る人を危険に陥れる可能性がある。

その2は、後で防衛姿勢を取る必要性が発生した場合に、貴重なプロテクターとなるザックを失ってしまうこと。

 

*そして、さらに距離が50m前後以下になり、明らかに人を認識しながら接近を続ける場合。待避できる場所がなく、逃げ切れそうになければ、強気に対応すべき。石の上や倒木の上などに立ち、自分をできるだけ大きく見せて、強い調子の声で威嚇する。鍋釜などがあれば激しく叩いて威嚇。石を投げつけるのも試みの一つ。棒でも何でも戦う武器を用意できれば手に取る。クマスプレーがあれば発射可能な体制に準備。数メートル以下になれば、持ち合わせのもので抵抗することを決断すべき。4m以内になって更に近づいて来るようであって、クマスプレーを持っていたら、全量を一気に鼻と目に当たるように噴射。

(注:このような事態になる前に、風向を考慮して相手から風下にならないように、ゆっくりと位置関係を変えておかないと、スプレーが効きずらく、ましてや自分にかかる可能性がある)。

 

 

[状況その2]突発的な遭遇。距離が10m以上 50m以下

 

ただし、以下はあくまで「突発遭遇」の場合。姿は見えなくとも、遭遇のしばらく前から自分の周囲につきまとっている気配がしていたり、つけられている気配があったら、[状況その1]の3)の対応を想定しておくべき。

 

1)のっそりと立ち上がる。あるいはひょっこり出てきた場合。

*後ろ足で立ち上がって(あるいは四つ足のまま)鼻をヒクヒクさせ、周囲を見回していたら、何者かが近くにいるのは分かるが、それが何かが分かっておらず、判断しようとしている。

*ゆっくり両腕をあげて振り、穏やかに話しかける。すぐそばに障害物(立木など)がれば、クマとの間にそれを置く位置関係に静かに移動(注:万一の突進に備えて)。クマスプレーを持っていたら発射可能に準備しながら上記を行う。

*私の経験では、上記の対応でほとんどすべての場合、クマは気付くと走って逃げるか、あるいは、ゆっくり立ち去った。

 

2)上記の対応を行って、気付いてもこちらを無視している場合。

*ゆっくり両腕をあげて振り、穏やかに話しかけながら、かつ、クマから目を離さず、クマ側の行動を監視しつつ、ゆっくりと後退。その場から立ち去ること。

 

3)上記の対応を行ってもクマが立ち去らず、興奮気味になってきたら・・・・

*さらに、ゆっくり両腕を上げて振り、穏やかに話しかける。すぐそばに障害物(立木など)がれば、クマとの間にそれを置く位置関係に静かに移動(注:万一の突進に備えて)。石の上や倒木の上などに立ち、自分をできるだけ大きく見せる。

*立ち去らない理由がないか?、付近を冷静に観察。子グマがいないか(上方にも注意、木に子が登っていないか)?、シカの死体などを防衛しようとしていないか?

*この場合、多くは低く唸ったり、カプカプと顎を打ち鳴らしたり、興奮して激しく地面を叩いたりすることもある。ゆっくり両腕をあげて振り、穏やかに話しかけながら、かつ、クマから目を離さず、クマ側の行動を監視しつつ、ゆっくりと後退。その場から立ち去ること。子がいたり、シカなどの死体が見えたり、あるいは見えなくとも腐敗臭がして死体がありそうな場合は、すみやかに、しかし、ゆっくりと(難しい注文だが・・・)、つまりは急な動きで相手を更に興奮させないように後退すること。いつまでもそこに動かずにいると、敵対行動と受け取られる可能性大。

 

4)上記の興奮行動から、突進に移行した場合。あるいは、のっそりと立ち上がる、あるいはひょっこり出てきたとたんに、突進行動になった場合。

*まだ落ちついて!!

*多くの場合、威嚇突進行動(ブラフチャージ)です。だーっと突進して立ち止まり、激しく地面を叩いたり、そしてすぐに後退することが多い。また、これを数回繰り返すこともある。穏やかに声をかけつつ、相手の動きを見ながらゆっくり後退する。

*さらに、ゆっくり両腕を上げて振り、声をかけつづける。何者か分からずとりあえず威嚇行動にはしっている可能性がある。すぐそばに障害物(立木など)がれば、クマとの間にそれを置く位置関係に静かに移動。石の上や倒木の上などに立ち、自分をできるだけ大きく見せる。クマスプレーがあれば発射準備。

*残念ながら、ブラフチャージの突進と、本物の攻撃の突進は、突進時点で識別不能。しかし、多くはブラフチャージなので、ここで興奮して大声を上げつつ走り出したりすれば、威嚇が本物の攻撃行動に変化する可能性がある。

 

5)更に残念ながら、本物の攻撃であった場合

* 突進が止まらず、もはや3〜4m(クマスプレー射程距離内)に迫った場合。クマスプレーがあれば、全量を一気に鼻と目にあたるように噴射。スプレーがない場合、あるいはスプレーが効かなくて攻撃を受けてしまったら、その場に倒れ込んで防御姿勢をとる。両足を抱え込むように体を丸め、首を胸の方に曲げて腹部を守る。両手は首の後ろに強く組んで急所の首を守る。リュックサックを背負っていたら、背中を守るプロテクターとなる。攻撃が収まるまで動かない。

 (注:これはかなり難しいことではあるが・・・・)。

* 突発遭遇時の防衛的な攻撃の場合、短時間で立ち去るはず。ここで積極的に抵抗すると、クマは興奮して更に激しい攻撃を続け、重大な傷を負う可能性のほうが高いとされている(ベアーアタックス:ヘレロ教授の分析結果)。

(注:直接攻撃を受けていない時、防御姿勢を取ってはならない。何事かとかえって興味を持って寄ってくる場合がある)

(注:北米での調査結果によると、クマスプレーはクマの攻撃的な行動を90%以上の確立で停止させることができるとされている。しかし、あくまで100%ではない。クマスプレーを使わざるを得ないような状況を招かないように注意することが最も重要である。クマスプレーを持っているために安心して注意を怠たるならば、かえって危険である)

クマスプレー(Counter Assault)問い合わせ先:

近くの登山用品店やアウトドアショップに在庫がない場合は、輸入元のアウトバック(TEL:0196-96-4647, FAX:0196-96-4678)に問い合わせると良い。

 

 

[状況その3]突発的な遭遇。距離が10m以下。

 

1)クマもびっくりして立ち上がるか、四つ足のまま驚愕の表情

*ゆっくり両腕をあげて振り、穏やかに話しかける。すぐそばに障害物(立木など)がれば、クマとの間にそれを置く位置関係に静かに移動(注:万一の突進に備えて)。スプレーがあれば準備しながら・・・・と言いたいが、多くの場合、そんな余裕はない。ほとんどの場合、唖然として立ちすくむと、とたんに、クマも全速力で逃げていくのが普通。

*とにかく、突発的に走って逃げるとか、大声でわめくような行動は、ただでさえびっくりしているクマを更に怯えさせ、防衛的攻撃に移らせる可能性がある。唖然として立ちすくんでいるのが、一番良いかも知れない。

*我々は、このような至近距離の遭遇を避けるべく、音を出してクマに知らせながら歩くことなど、さまざまな注意を常に怠らないようにしているので、このようなことはめったにない。このことが大事!。至近距離で会ったらどうするかを考える前に、そうならないように注意することが最重要。互いに精神的余裕のない状況で出会うと、予測不能の事態になりがちである。知床国立公園ほどのヒグマの超高密度地域であってさえ、会わないための注意事項を慎重に守れば、ほとんど出会わずにすむことを明記しておく。

 

2)出会ったとたんに、鳴き声や地面を叩くなどの威嚇行動あるいは突進行動に移った場合

*[状況その2]の4)以下の対応へ

 

 

 

 

[状況その4]テントサイト(主に夜)にクマが接近。

 

日本の常識、世界の非常識であるテント内の食料保管や調理、食事をやめることが大前提である。食料をクマに取られないように保管場所を工夫するとともに、保管場所、調理と食事場所、および、就寝場所をそれぞれ100m近く離して、三角形状に配置することが重要。また、保管場所はクマのに食糧やゴミを奪われないような場所でなければならない。天場選びも、クマの通り道や餌場にならない場所を選ぶ配慮が重要。沢登りでよくやる川岸のフキ群落の中での幕営は、通り道かつ餌場への幕営であり、これはやめた方がよい。登山の場合、クマの生息地では、食料のデポ(事前の荷揚げ・残置)を、絶対やってはなりません。

しかし、上記のような配慮を知っている人はほとんど稀であるのが現状である。我が国の登山者の多くは、人がいれば、あるいは、テントが張ってあれば、クマは寄ってこないと考えているが、そのような常識はもはや通用しない。本州の北アルプスや大雪山、知床でも、テントがあろうが人がいようが気にせずに行動するクマが増えている。

そのままでは即危険とはいえないが、そこでいい匂いがプンプンしていたり、あるいは、食糧やゴミが外に放置されたりしていれば、積極的に近づいてきて餌として手に入れようとする場合がおこりうる。人為的な食物の味を覚えてしまったクマは、極めて危険な存在になる。人の近くに行けばおいしい餌が手にはいることを学習してしまい、人を威嚇し排除したり人を攻撃して、食物を無理やり手に入れようとするようになる場合があるからである。そのような例は、北米で多数報告されている。キャンプ地や登山道にゴミを捨てたり、あるいは、食糧やゴミの管理がずさんなキャンプをすることは、その時自分たちはたまたま大丈夫であったとしても、危険なクマを創り出すことによって、後からそこに来る人々を危険に陥れる行為となることを肝に銘ずるべきである。最近おこった大雪山におけるヒグマのテント襲撃事件などを考えると今後同様の事件が発生しうる。

下記のような状況は、これまで自分には経験がなく、「ベアーアタックス」を参考にするしかない。ヘレロ教授も言うとおり、このような状況で接近するクマは、かつて人為的食物を得た経験があってテントを襲うと食物が入手できることを学習していたり、あるいは、もしかすると人を餌と認識している可能性さえ考慮しなければならない。

 

1) テントサイトに接近してきたり、あるいは、天場周辺に入って来たのに気付いたら

*近くに車や小屋などがあれば、すみやかに待避。

*鍋釜などを打ち鳴らし、大声で威嚇して追い払う。強気の対応を!

*クマスプレーがあればすぐに発射準備。

*何でも良いから武器になりそうなものを探して用意する。

*逃げ場がなければ、積極的に抵抗。

*複数の人がいれば、必ずまとまって行動、あるいは、抵抗。バラバラに逃げるべからず。

 

2)気付いたときには、既にテントにのしかかったり、噛み破ろうとしていたとき

*鍋釜などを打ち鳴らし、大声で威嚇して追い払う。強気の対応を!

*クマスプレーがあればすぐに発射準備。

*武器になりそうなものを探して用意し、積極的に抵抗。

*複数の人がいれば、必ずまとまって行動、あるいは、抵抗。

 

このようなとき、クマスプレーの有無は生死を分けるかも知れない。テント泊の際には必ず持参し、寝るときにはすぐに手に取れる枕元に置きたいものである。

 

■その他

* テント泊の際には、就寝時にゴミや食糧をテント内に置かないことが鉄則であるが、適切な保管場所がない場合も多い。例えば、登山の際には尾根沿いの縦走路には高木がなく、食糧を高くつるす工夫をすることもできない場合がある。

* そのような場合、強化プラスチック製の携帯用クマ対策コンテナ(商品名:Bear Resistant Container)に、食料・ゴミなどクマを誘引する可能性のあるものすべてをビニール袋で密閉して入れ、テント・調理場所それぞれから十分離れたところに置いておくのが最も安全である。

* このコンテナは円筒形の容器になっており、アタックザックの中に入れたり、あるいは、専用の袋に入れてザックの外に取り付けて運搬する。太い円筒形の形は、クマに押しつぶされたり、あるいは、かみ砕かれないために工夫された形態である。また、蓋は突起が最小限に押さえられており、クマの爪がかからないようになっている。

* このコンテナの強度は、クマの力に耐えられることが実験済みであり、アラスカの国立公園ではバックパッカーには携帯が義務づけられているところさえあり、日本のツキノワグマやヒグマにも十分に通用する。

Bear Resistant Containerは、REIの通販で購入可能

問い合わせ先:REI ジャパン・サービス・デスク(TEL:0423-62-7178, FAX:0423-60-0434)

* 知床連山縦走路のキャンプ地では、日本で唯一、1998年から金属製のクマ対策保管庫が順次整備されていっている。泊まるときには、食料・ゴミなどクマを誘引する可能性のあるものすべてをビニール袋で密閉してこの保管庫に入れて就寝すると良い。立ち去るときには、必ず入れたものを持ち帰ること。ゴミ箱がわりに入れたものを放置してはなりません。

* 知床連山縦走路のクマ対策保管庫の設置場所: 

三つ峰キャンプ地・二つ池キャンプ地・硫黄山第一火口キャンプ地

(第一火口は、2000年7月に設置予定)




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